イギリス人には、ごく自然にそのように考えるところがあり、仕方がないから、職場に連れて来る仕儀となる。 正確を期すために断っておくが、日常茶飯にあることではない。
私自身も何度か、職場に社員が犬を連れて出勤して来たのを見たことがある。 社員の飼い犬でなく、目の悪い顧客に付き添う盲導犬と出会うこともある。
こうした犬との関係はシティだけでなく、全イギリス共通のものであり、ある時、用があって校長に会うため小学校に行ったら、校長室に大きな犬が寝そべっていた。 彼の飼い犬だった。
主役は小さい子供たちだ。 この日ばかりは、朝から社員の子供たちが、職場を闇歩しているので、こちらもほとんど仕事にならない。
ほかの社員たちも子供たちの相手をして、サービスにこれ努めるのである。 東洋人の私を子供たちがめずらしがり、いろいろと話しかけて来る。
そこで、TだとかKだとかの彼らの名前を、漢字で書いてあげたりすると、とても喜ばれる。 父親は、子供に社内のあちこちを見せてやり、その後、パーティ会場に連れていく。
会場では、たくさんのお菓子やおもちゃが用意されており、サンタのおじさん(社員の誰かが扮装しているのだが)も待機している。 このようにシティは、クリスマスにはふだんのきびしい商売を忘れて、家族と職場の接点を作るように演出する。
心憎い配慮ではある。 良い仕事をするには、家族の協力が不可欠であることを、経営陣がよく知っているからであり、また、イギリス人が、子供たちと社会とのつながりを、折あるごとに作ろうとする姿勢のあらわれでもあろう。

親父たちだけで、忘年会で盛り上がる日本とは大きな違いではないか。 また、こうした機会は、社員と同僚の家族、家族同士の交流の場でもある。
日本と違って、社宅に固まって住んでいるわけではないので、同僚の家族と会う機会など滅多にないが、会社が主催するクリスマスパーティで、紹介し合い、仲良くなることもある。 冷たく、個人主義で固まっているような金融街のシティにも、意外と家族的なところがあるのだ。
パーティは昼前に始まり、2時間くらいで終わる。 社員たちは子供を連れてそのまま帰る。
かくして、その日は全く仕事にならない。 クリスマスの季節は、何かしら、このような心浮き立つ行事で時間が経ち、まともに営業ができない。
でも、この季節の性格上、ライバルの同業者とて同じことなので、誰も気にとめていない。 朝食をたっぷり食べないから、昼はどうしても腹が減る。
私などは11時頃から、腹の虫が鳴いている。 「今日は何かうまいものを食いたいものだ」と毎日のように思う。

ただ、思うだけで、日本のように食べ物にバラエティーがあるわけでない。 値段も決して安くないから、結局、メニューは限定されることになる。
このあたり、大食いの私にはとても物足りない。 私の場合、街の店で買って来る昼食は、大体、パックされたサンドイッチが主流であり、これにスープか紅茶を飲む。
あるいは、たまにパスタやスパゲティを買う。 最近は街のスーパーマーケットの冷蔵ケースに握り寿司が並んでいる。
冷えて固くなった寿司に日本人の食指は動かないが、イギリス人には意外と人気がある。 一度の昼飯に使う金額は4ポンド(760円)か5ポンド(950円)というところか。
マクドナルドのハンバーガーは59ペンス(約120円)、一番安いセットメニューが2ポンド99ペンス(約568円)。 日本のマクドナルドでは、それぞれ80円と410円だから、イギリスの方が4割くらい高い計算になる。
それでも、イギリスの基準からすれば、2ポンド99ペンスは圧倒的に安く、昼飯時のマクドナルドには長蛇の列が出来る(注)価格は2003年10月現在)。 ひとつ特筆すべきは、シティに日本式の弁当を売っている店が数店あり、どこもなかなか繁盛していることだ。
店によって値段はまちまちで、私が試食した限り、その値段の差は品質の差になってあらわれている。 幕の内弁当から寿司の詰め合わせ、日によっては、カレーライスや鰻重、親子井を弁当にしたものも売られる。

安いもので3ポンド(570円)、高いもので六ポンド50ペンス(1235円)。 高い店の方が売れ行きがよい。
常連は、日本企業の駐在員たちである。 ふところに余裕のある彼らは、多少高くてもうまい弁当の方を好むようである。
ある弁当屋は値段が安いものの、米の品種のせいなのか飯がまずく、私など二度と買う気がしないがイギリス人には大変な人気で、店の前にいつも列が出来ている。 「なぜあんな弁当を食べたがるのだろう」と、私はその列のかたわらを、首をひねりながら通り過ぎる。
国によって味覚の違いは確かにあるので、うまいかまずいかは、きわめて主観的な判断になるが、スーパーの寿司にしても、この弁当にしても、日本人から見て「ひどい味」であっても、イギリス人には受けている事実を、私は複雑な気持ちで見つめている。 「本当の日本食はこんなものと比べ物にならないくらいおいしいのだよ」と言ってやりたい衝動に駆られる。
サンドイッチや弁当のことばかり書いたが、たまにレストランに行くこともある。 ただ、時間に余裕があって、同僚とゆっくりおしゃべりしながら食事を楽しもうか、という時や、客を接待するような場合に限られる。
1人で行くことはめったにない。 日本の食堂と違って、そばやカレーを注文してそそくさと食べ終え、会計を済ませ、2、30分で職場に戻るなどということはロンドンでは難しい。
何事も、そんなに素早く運ばないからである。 座ってから、ウェイトレスに注文を取ってもらうまで時間がかかるし、昼飯であっても一応、スープか前菜で始まり、それからメイン料理、さらにデザートにコーヒーという順番で食べるのが普通のやり方だ。
どうしても1時間以上はかかる。 そこにいくと、日本の食堂は、一品を注文するのが普通で、料理が出来あがるのも早いから、あっという間に食事が終わる。

客は急いでいるし、あとの客は待っているし、でゆっくりする暇がない。 イギリス人から見れば、「食事ではない」ということになるだろう。
シティは忙しい場所だが、社員の誰かの誕生日であるとか、退職であるとか、あるいは新しい社員が入って来たとか、何か特別のことがあった時は、昼飯の時間に同僚たちが大勢集まってパブかレストランで酒を飲み、お祝いをする。 飲むのはビールとワインだ。
こうした機会は、あまり時間を気にせず、わいわいとりとめのない話をしながら大いに飲む。 何しろイギリス人は、酒に強い。
食べ物を口にせず、2パイントも3パイント(1パイントは約0.57リットル)もビールを飲む。 日本人が同じ調子で付き合うと、参ってしまう。
だいたい、そのような飲み会(?)は、昼の12時くらいから始まって、2時くらいまで続くが、さらに3時まで腰を据えて飲み続ける人もいる。 午後の市場で取引をしなければならない人だけが、早めに引き揚げる。
面白いのは、新入社員の歓迎会は別として、誰かの誕生日ならば誕生日を迎えたその人が、退職の記念の飲み会ならば退職するその人が、飲食の費用を払う習慣になっていることだ。 私もイギリスに来てしばらくは、自分の誕生日に同僚を近くのパブに招待したものだが、数年前からやめている。
何も、お金が惜しいからではない。

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